高付加価値の製品も中国で生産 Nikkei Business 2002年8月5日号

 パイオニアが中国での生産拡大を急ピッチで進めている。新製品も日本と同時に生産を開始し、価格競争力を高めるのが狙いだ。特許料収入が激減する事態に備え、収益構造を抜本的に改革する。

中国で生産高300億円の工場といっても、もはや珍しくないだろう。だが、2年前には建物どころか具体的な計画すらなかったのに、早くも生産高300億円の工場になった、という注釈をつけ加えれば驚く人も多いのではないだろうか。パイオニアは2001年8月から9月にかけて、中国の広東省東莞市と上海市で相次いで生産子会社を立ち上げた。東莞市の工場、先鋒高科技(東莞)はDVD録画再生機の工場で、上海市の先鋒高科技(上海)はカーオーディオと再生専用のDVDプレーヤーの工場である。パイオニアが中国生産を大幅に拡大する方針を経営会議で決定したのは2000年5月。その翌年の夏には2工場は生産を始めていた。さらに半年後、年換算で生産高200億円に乗せ、事実上の発年度となる今年4月以降はそれぞれ300億円を見込んでいる。売上高ベースに直すと、合計約860億円。2003年3月期のパイオニアの連結売上高は7200億円になる見込みなので、その約12%を占めることになる。中国事業を統括する、先鋒電子(中国)投資の安田信治董事長(会長に相当)は「マレーシア工場では10年、タイ工場では5年かけてやった工場の立ち上げ作業を、中国では2年でやった感じ。パイオニアの歴史の中でも最速記録だ」と振り返る。異例なのはそのスピードだけではない。東莞工場には、生産品目の面でも過去に例を見ない特徴がある。
日中同時に新製品の生産開始
 この工場が最初に手がけたのは、DVD録画再生機の新製品。日本の生産子会社である十和田パイオニアの生産開始から、わずか5カ月後に中国での生産も始まったのだ。さらに今年秋に発売される新製品は、十和田パイオニアと東莞工場の両方で同時に生産を開始する。DVDはCDと同じサイズの光ディスクでありながら、約7倍のデータ量があり、動画を最長6時間分記録できる。パイオニアが販売する「DVD−RW」は、DVDのデータをユーザーが自由に記録、再生、消去できるというもの。「ポストVTR」として期待される録画可能なDVDは、現在、3つの規格が乱立しており、家電メーカー各社は業界標準の座を獲得するため、激しい新製品攻勢をかけている。付加価値が高い最先端商品は日本で生産し、価格競争が激しい成熟商品は人件費の安い中国に移管する――。多くの人が想像しているであろう日中分業の姿は、パイオニアの東莞工場については全く当てはまらない。ここにパイオニアの中国戦略に込められた意味がある。成熟商品のみならず、なぜ最先端商品まで中国への移管を急ぐのか。その背景には、同社の収益構造の大きな変化がある。パイオニアの特許料収入は、2002年3月期に176億円あった。一方、同期の連結経常利益は153億円。もし、特許料収入がなければ、同社は事実上赤字だったことになる。特許料収入に多くを依存する構造は1990年代初頭から続いており、経常利益が特許料収入を上回ったのは、最近では2000年と2001年のわずか2回だけだ。技術開発型メーカーと言えば聞こえはいいが、実のところ、パイオニアは特許では稼げても、それを使った製品では収益を上げられないメーカーだったことになる。
特許料依存体質から脱却
 ところが、パイオニアが得意としてきたDVDなど、光ディスク関連の特許権は除々に期限切れを迎えている。それに伴い、収益を支えてきた特許料収入は今後1〜2年で大幅に減少する。2003年3月期は、前年から約4割も減って100億円前後になり、既存の特許だけならその翌年にはほとんどゼロになる。製品の製造・販売で利益を上げられる体質が作れるかどうかに、同社の存亡がかかっていると言っても過言ではない。確かに、パイオニアが業界に先駆けて市場に投入した商品は数多い。しかし、最初は頭1つリードしていても、間もなく後発メーカーに追いつかれ、集団の中に埋もれてしまうのがお決まりのパターンだった。「今後は、発売当初から、十分な価格競争力をつけて、後発メーカーにつけ入る隙(参入機会)を与えないつもりでやる」と東莞工場の野津進作総経理は言う。6月のある日、東莞工場を訪問すると、最終組み立てラインは1カ月前から大きく姿を変えていた。一般的な組み立てラインなら10本は設置できそうな工場のワンフロアのうち、以前は半分以上を使って組み立て作業を進めていた。それが3本分ほどの面積まで圧縮されていた。大きな空きスペースがあるにもかかわらず、肩が触れ合わんばかりの距離で組み立て作業をしているのはちょっと不思議な光景だ。これは、この工場が中国の低賃金だけに頼ることなく、日本の生産拠点と同等以上の力を注いで、低コストで生産できる体制の確立に取り組んでいる証拠だ。作業員が集まっているのは、組み立ての過程で製品が動く距離をできるだけ縮めて仕掛かり品を減らすための工夫である。ベルトコンベヤーはほとんどなく、生産ラインはパイプを組み上げた作業台を連結して構成されている。作業員は基本的に多能工として教育されており、その習熟度によって受け持つ作業工程の数を増減させてラインを自在に変化させる。長さを変えるのはもちろん、部品ごとにラインを枝分かれさせたり、生産量に応じた増設、移設も簡単にできる。日本では、数人の多能工を1組として最終製品まで組み立てる「セル生産方式」が生産性向上の目玉として注目されているが、東莞工場も既に多能工化を前提とするセル生産方式を取り入れているわけだ。現在の生産能力は月間10万台だが、1年後には20万台まで増強して、さらなる高効率工場を目指す。それではパイオニアがかなり無理をして最先端製品を中国で生産しているかと言えば、そうとも言えない。野津総経理は「開発して間もない商品ほど、中国で生産する方が有利になる」と言い切る。まさに逆転の発想と言えるだろう。
設備投資効率は日本の3倍
 新製品を中国で生産する方が有利な理由の1つが設備の投資効率だ。年々進化を続ける光ディスク関連商品は、世代が変わるごとに求められる精度が高くなり、生産装置や計測機器も高度なものが必要になる。東莞工場は12時間2交代制で24時間操業しているから、こうした高価な機械をフルに使うことができる。日本では8時間しか稼動しないと仮定すれば、同じ機械を購入しても投資効率は日本の3倍になるという計算だ。また、高度な技術を必要としない治具や工具なら、日本の約6割の値段で現地調達できるという。DVD録画再生機の心臓部である光ピックアップ部分の生産工程を見ると、なるほど安い人件費がものを言う作業だと納得できる。この工程で働いている女性作業員は常時約100人。ただ、その3分の2は組み立て作業でなく、検査や調整などの作業に携わっている。データを読み取ったり書き込んだりするレーザーをディスクの位置に照射して、そこに映る光の像を専用ディスプレーに映し出す。中心がずれていたり、光がうまく絞り込めていなかったりする場合は作業員が機械を操作してレンズの位置やレーザーの強さを少しずつ変えて、決められた数値の範囲内に収まるように調整する。光ピックアップを含め、組み立て作業を最初から最後まで一貫して自社工場内でこなせることも、試行錯誤が多い発売初期の製品では有利だ。こんな例がある。ピックアップのレーザー光線の照射位置に原因不明の偏りが生じ、一部は調整不能の不良品となった。微細な部分がいくつも組み合わされている部分なので、原因をずばり特定するのはなかなか難しい。こうした場合は、問題がありそうな個所を絞り込んだ後、部品やその組みつけ方を1つずつ変えてみながら、結果を見て判断するしかない。この時は、最初ににらんだ原因が当たっていたため、偏りがあることを発見した1時間後には原因を特定できた。当たり前のことのように見えるかもしれないが、こうした原因究明を日本でやるのは意外に難しい。東莞工場と同じ製品を作っている十和田パイオニアでは、組み立て作業の一部を外注に出している。製品ができるまでに半製品が複数の工場を移動するため、「原因究明に4〜7日かかることもある。東莞工場なら数時間で済む」と野津総経理は話す。うれしい誤算はほかにもあった。完成品を作るに当たっては、必要となる部品の調達が必要だが、中国の華南地区は1990年代から輸出用の事務機や電子機器産業が発達したこともあって、現地調達比率が当初見込みよりはるかに高くなった。精度が求められる製品だけに、工場の立ち上げ当初はほぼ100%、日本から輸入した部品を使っていた。しかし、この秋に投入する製品からは現地で安く調達した部品を大量に採用する。DVDの心臓部となるピックアップ部分は、約50点の部品を組み合わせて作る。そのうち部品点数にして約8割、半導体やレーザー、一部のレンズ以外はすべて中国製となる。一方、上海工場では普通のDVDプレーヤーとカーオーディオを生産しており、東莞工場に比べればローテク製品が中心になるが、設計機能を現地化することで、こちらも徹底した低コスト化を実現しようとしている。昨年秋には27人の中国人設計者を採用して、日本の設計拠点となっている埼玉県の2事業所で1カ月間、実際の設計業務をしながら研修を受けさせた。そして秋の生産開始とともに、上海工場に戻して生産準備に当たらせた。今は上海の設計部門で、欠かすことができない戦力となっている。今年も30人ほどを日本に派遣し、秋の新製品の立ち上げ時期に上海に戻す計画だ。こうして、来年までに80人規模の設計部隊を上海で組織し、その後は普及価格帯の商品の設計を全面的に任せる計画だ。
地元政府が立ち上げお後押し
 パイオニアが新工場を素早く立ち上げられたのは、地元政府の計らいも大きかった。経済発展を図るべく、中国沿岸部の大都市圏は多かれ少なかれ海外の有力企業の誘致活動に励んでいる。東莞市や上海市もそうした年の1つで、世界的ブランド力があるハイテク企業であるパイオニアの工場設立に当たっては、市当局もかなり積極的に動いた。東莞市の場合、一般には半年かかると言われていた営業(工場建設)許可が2カ月で下りた。さらに、「工場建設が決まった挨拶だと思って市の担当者の訪問を受けたら、その場でいろいろ提案を受けて、稼動までのスケジュールが大方決まってしまった。その後も次々と必要書類のひな形を持ってきてくれて、本社の決裁が間に合わないからとペースダウンを頼んだほどだ」と安田董事長は話す。これもまた、最先端製品を中国で生産する“副産物”の1つだろう。ひとまず立ち上げに成功した新工場の拡大を前提に、パイオニアは今年2002年3月期に18%だった中国生産比率を2004年3月期をメドに4割まで引き上げる目標を打ち出した。東莞と上海の両工場は、それぞれ2年後と1年後に、今年度比倍増の生産高600億円を見込んでいる。今後は、この優位性をどのように確保し続けるかが課題になる。製品の価格競争が激しくなれば、競合他社も同じような発想で中国への生産移管を進めてくることは容易に想像できるからだ。「コスト競争に強いパイオニア」に変身できたかどうか、その時に真価が問われる。